大学1年生のときに入り浸っていた、池袋の「いつものラブホ」。彼はスタンプカードを貯めていて、5個で休憩無料、10個で宿泊無料になるから、わたしたちは大分その恩恵に預かっていた。
「いつものラブホ」はホテル名なんて覚えていなくて、西口を出てあの繁華街を抜けて、あのコンビニを曲がって、あのいつも賑やかな飲み屋さんの角を左、次に右。毎度それだけで十分だった。
のちにその賑やかな飲み屋さんは中野と新宿に支店があることを知り、数年後に別の恋人と行ったペンギンカフェはその斜め向かいだった。
大人になってから通うことにしたバレエ教室の場所を検索したら、「いつものラブホ」に行くときに通っていた道沿いにあった。
そうやってどんどん、東京の点と点が線になり、面になっていく。
そりゃあ何かが起こる街というのは限られていて、人が集まって色々なことが起こるから、そこは繁華街なのだ。
わたしの思い出の蜘蛛の巣はそうして、新宿、渋谷と根を這わせている。
新宿にも色々な顔がある。新宿西口のカフェでいつも仕事をしていた指の綺麗なあのひと。先日そのカフェは閉店していて、あの人とわたしとの思い出もそうやって街に新陳代謝されていくのだと思った。
新宿三丁目を某色塗りゲームのように一緒に通い詰めたのは、スーツの似合うあの人。わたしの地図作りに随分と貢献してくれた。
思えば地図を一緒に作ったのはいつも、わたしの好きな人で、肌を合わせた人だった。
そうなるとわたしの東京は色恋でできていると言っても過言ではないかもしれない。
あなたとわたしが出会う街も、ひとつの標本のようにピンを刺して、人生にちりりとした節目を残す、そんなものになりますように。
神崎琴音
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